2013年10月より群馬県館林美術館で「山口晃展 画業ほぼ総覧-お絵描きから現在まで」が始まりました。
山口さんの幼い頃の「お絵描き」から、現在の精巧かつ洒落が効いた作品にいたるまでが一気に見れてしまうという豪華な展示になっています。

そんな山口晃さんを今回取材させて頂きました。
お伺いした内容は、「間合い」。 

過去の大和絵のようなタッチで現代を書写する山口さん。
その画はフィクションであるようでノンフィクションのような、
「浮き世」と山口さんとの絶妙な間合いを想起させます。

「なにやら…おかしい。」と見る者を思わせる山口さんの画には、絶妙な間合いがそこかしこに存在しています。

そのようなバランス感覚を養うために、世の中の出来事をどのような形でとらえているのか。全三回に分けてお送りいたします。

第一回目のお題は「生活とアートの間合い」
作品内にちらほら見える人と人の「間」の取り方や、
また山口さん自身のアートとの「間合い」についてをお伺いしました。

普遍性の中に潜む崇高な物への入り口や、
忙しい人ほど読んでほしい気持ちの持ち方、
「生活における芸術」の作法など、
明日からの生活の景色が違って見える話、聞いてきました。

山口 晃

1969年東京生まれ。
群馬県桐生市に育つ。
東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。2007年上野の森美術館「アートで候。会田誠 山口晃展」、2008年アサヒビール大山崎山荘美術館で「さて、大山崎-山口晃展」開催。同年秋から五木寛之による新聞小説『親鸞』の挿絵を担当。2012年メゾンエルメス(銀座)で「望郷/山口晃-TOKIORE(I)MIX」開催。同年11月平等院養林庵書院に襖絵を奉納。同月より「山口晃展 老若男女ご覧あれ」を、美術館「えき」KYOTO、そごう美術館、新潟市美術館で開催。近著に『ヘンな日本美術史』(祥伝社)、『山口晃 大画面作品集』(青幻舎)。

人と人の間合いについて

subtext01ーーまずは人と人との「間合い」についてお尋ねしたいと思います。

山口 間合いですか…ムム。

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ーー 例えば、『山口晃 大画面作品集』に掲載されている(上図 成田国際空港 飛行機百珍圖)のように、画の中の小さい人々が様々な行動をしている作品があります。この一人一人の人格はどのように設定されているのでしょうか。

山口 えー、あの、大体、まずはその場所で「しそうな事」と「しそうで無い事」をかんがえますよね。

ーー 「しそうな事」と「しそうで無い事」ですか。

山口 はい。例えば、飛行機の中で、普通に前を見て座っているお客さんの後ろで、玉突きなんかしてますね。

ーーあっ、してますね。

山口 まずは、こんな「しそうな事」と「しそうで無い事」をする「場」を設定しちゃうんですね。で、その「場」が設定されると、そこにいる人間が大体やりそうな事ってきまってきますよね。

ーーなるほど。

山口 で、その場を説明する為に、玉突き場だったら玉をついてもらわないと困るんですよ。玉をこすっててもらってもしょうがないですから。(笑)まぁ、わざとらしくない程度に玉をついてもらっていると。

ーーフムフム。

山口 そうなってくると、また「突く人」と今度はそれを「見る人」がいまして、という風になる。

そういう具合に、「場」によって起こることから派生する人の流れなんでしょうね。

subtext2ただ、全部が全部関係していると、またそれはおかしいので、「無関係」という関係も作ってやるんですね。

ぼけーーっと前を見てるような人もいますし、なんかがおこったから、横の人に話しかける人がいる。全員がしゃべってるってなると、これはまたおかしいわけですよ。

ーー確かにそうですね。

山口 そういったように場所によって起こる事っていうのを決めておくと、自然と人間はやる事がきまってくるでしょうし、その上で、同じ「玉を突く」にしても、性格の違いで「突き方」をかえてやる。そこにいる人たちの行動と、案配が不自然にならないような形で考えて書いてますね。

ーーじゃぁ、「場」が大事だと。

山口 そうですね。後は、顔が似すぎないようにはしてますね。

例えば顎の張った人の横にはほっそりした人がいたりとか、逆に親子だったらエラの張りをそろえてみたりとか。

ーーおもしろいですね。「場」や「人」がそこにいる人に影響を与えるというのは、”風が吹けば桶屋が儲かる”という感じで。

山口 (笑)そうですか。日本人だったら、ちょうちょよりは桶屋と表現したいですよね。

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アートと生活の間合いについて

ーー 先日の館林美術館の講演では、「趣味と芸術を行ったり来たりしている」というような事をおっしゃっていましたが。

山口 そんなこと、いってましたか?(笑)

ーー そういった中での、「生活」の中での「アート」との関わり方というのはどのようにお考えでしょうか。

山口 そうですね。元々は私は”芸術家”ではないものですから、作品を作る時には、さぁ、、「芸術作品を作りましょう。」といってやる所があるんですね。

で、それをあまり考えないと、芸術にならない部分が私には大いにあって。

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ーーはい。

山口 芸術の作法が本当に性に合う人っていうのは、作るとそうなるんでしょうけど、それにくらべると私は一生懸命作らないとそうならない部分がある。

だから、芸術の素養があまりないんじゃないかと思えたり…。

ーー ないんですか。

山口 あってほしいんですけどね。

ただ、モノを見ていると、たまに、あるような気になる時もある。

えー、、大体余計な所に目が止まりますねー…

それで随分学業に支障が出てしまって。

ーー(笑)

山口 まぁ、そういう事にはそういう事なりの役立て方ってのはあるとは思うんですね。

ーーと、言いますと。

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山口 作品を作る時っていうのは肩肘をはるっていうのも、あれはあれでいいと思うんですよね。

そもそも芸術って言うのは「不自然」なところがあるものですから、「自然」なものではないんですよ。

美術館に行って絵を観るってのは、実は相当「不自然」な事ですし。

わざわざ人が書いた図を足を運んで見に行ったりして「何だろう」と思うのは、

ご飯を食べたり、女の人に「ドキュッ」となるのに比べると、相当、不自然な態度であるわけで、

まぁそれをわざわざやるって言うのは、絵に限らず芸術が一歩ふみこんだ—あるいは余計な物なんだよと思われる由縁なんだとおもいます。

ーーふむふむ。

山口 ただそこで、そういうものが「ちょっと上等らしいよ」って言うのは今の世だと結構ゆるせない人が多いんですね。やっぱり真っ平らに慣らされていて「なんだよ、気取りやがって。」とか思う人が多いみたいなんですよ。

ーーそうですね。

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山口 ただ、その「ちょっと上にある」っていうのは幸せな事で、物事というのは全部真っ平らだと、全部自分で引き受けなければいけなくなってしまう訳ですね。そういう、芸術が自分の今いる場所より「ちょっと上にある」。

ーー「上」っていうのが嫌なら「深い所」っていうのでもいいのでしょうか。

山口 それを”ひがまない”で見て、「あ~、あんなのがあるんだ!」と楽しめると良いですよね。

芸術への敷居を低く感じるというのは、芸術と自分との距離が縮まるという事ではなくて、疎外感が小さくなるという事。

今いる所から芸術は一歩も近くはならないんですけれども。

逆に近すぎる距離感というのはせっかく高みに登るチャンスをなくす事になりますから、それはそれで不幸になる。

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ーーなるほどー。

山口 そこらへんを自分もかんがえながら、絵を見てくれるお客さんに「私もまだまだなんで、一緒に高い所にのぼりましょうよ。」というのを示していくという事ですかね。

「まぁ、実際の所、高いのか低いのかわかんないですけどね」みたいな事もいいながら。

ーーいやいや(笑)

山口 それが、私と芸術の「間合い」でしょうかね。

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ーー では意図的にその間を保とうとしているわけですね。

山口 そうですね。実際にムリなく芸術が出来る人でも、はたして体裁はそうであっても本当に芸術であるかというのは、またわからないもので。

どっかにそういう「無理」があるというのが、芸術なのではないかと。はたしてそれが、「しがいのある無理」だといいのですが。

「しがいの無い無理」にも思えてきました…。

ーー(笑)

山口 そういう負荷のかかるということが、日常性との乖離であるのではと思うのです。

でも、そういう風にいってしまうと、「犯罪」も乖離のあることですし。

ーーえぇ?!

山口 犯罪者か…。(しばし沈黙)

まぁ、そういう部分もありますけどね。合法的な犯罪みたいな。

ーーわはは。

山口 ひとまず違法ではないけれども、大丈夫かあの人?みたいな事をやっていないと、かつてと同じ事をやってしまうとそれはもう芸術ではなくなってしまうので。

今だったら女の人の裸を描いてもおこられないですけど、

それを描いただけで「なんだー!!」とおこられる時期もあった訳ですよね。

ーーそうですね。

山口 そういう枠を広げるというのが芸術家の仕事であって、どういう風に埒外にはみ出すのかという、踏み出し具合が重要なんでしょうね。踏み出しすぎると、帰って来れない。

ーーなるほど。それが山口さんの生活の中ではどのような形ででるんでしょうかね?

山口 例えば街を歩いている時に、道にある物を見て、あれこれ気づいて楽しむっていうのがあるでしょうね。

何だそれくらいと思われるかもしれないけど、人によっては「早く会社に行かなければ…。」という所で、その立ち止まる事さえも赦されない。

それを一種の社会性という風にとらえるとして、大げさに言えば立ち止まる事自体が、反社会性である事を示しているわけですよね。

まぁ、だから言ってしまえば普段やってない事をやるっていうだけで、それは芸術の入り口だったりするわけです。

ーー芸術の入り口は、普段の生活のいろいろな場所にあると。

山口 そうですね。別にきれいな絵を描く事だけが、芸術という事ではなくて、自分が気づいた事をいかにキチンと伝えるかということ自体が芸術になるわけです。

先ほど「不自然」について話したように、気づく事は「自然」なんですが、それを伝えようとした瞬間に「無理」が出てくる。
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その無理を、芸術の作法にのっとってやるって言うのが“芸術”といいますかね。

その作法がなかなかわからないんですよねぇ…。

山口晃さんのサイン本、当たります。

なんと、今回インタビューをさせて頂いた山口晃さんにサインを入れて頂いた本を二冊ご用意させて頂きました。

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ARTYOURSだけでしか手に入らない貴重な本を、皆さんにプレゼントさせて頂こうと思っております。

応募方法は、この連載の最後に出てくる「キーワード」(第一回から第三回まで)が重要になってきますので、

キーワードを書き留めておく事をお忘れなく。

詳しい情報は、随時、facebookの方にもアップしていきますので、併せてご確認ください。

それでは、今回のキーワードを発表します。

第一回目のキーワードは「」です。

それでは、また次回お会いしましょう。

<第一回 終>

第二回目記事はこちら>http://artyours.jp/news/308/