たとえば、「ARTYOURS」という仕事に携わっていなければ、
「頭を使って深く自分の言いたい事を考える」という事をしなかったかも知れない。
と最近よく感じます。

というのも、ARTYOURS関連のお仕事は、一般的にいう「芸術家」の方にお会いすることが多く、
会社勤めである私にとっては、彼らの話を伺う度に「芸術家が、芸術家足る由縁」の理由について、その思慮深さにある事を知る為です。

それは彼らの「言葉の選び方が慎重である」という点に顕著にあらわれます。

私は、芸術家の方は作品を手で作ることが軸になっていて、いわゆる
「考えるより、感じろ」
みたいな直感的な方が多いのかとおもっていました。

それは大きな間違いで、
彼らは、「自分の作品を作るまでの過程」を
“わかりやすく”それを見る人に言葉で説明出来る方がほとんどなのです。

「作品をつくるきっかけはこれで、
今の世の中をどういう風に見ていて、
人がどんな風に見るかを考え、
それが積み重なる事でこんな作品になった。
だから、次はこういう物を作りたいのです。」

と、いうような、
本当にすきまなくきれいに編み上げたペルシャ絨毯のごとく綿密な計算がなされているのです。

「それがわかった上で作品をみている」
と言う風に私はどこかで、日和っていたフシはありました。

ですが、自分が好きな作品を作っている作家さんにあって、実際に話を聞いてみると、
「全くいままで、自分は何を見てきたんだ。」
という自分の考えの浅さ、作品の上っ面しか見ていなかったという事に、
赤面し、冷や汗をかくような気持ちになったのを強烈に記憶しています。

特に、記事作成の為のインタビューのテープ起こしをしているとき。

テープ起こしというのは、その時の質問やら、話していた内容を、
実際のインタビューの録音音声を何度も繰り返し聞きながら文章にする物ですから、
もう、それこそ作家さんの思慮深さと比例して、
自分の質問の浅さ、そしてわかりづらさを明確に知ってしまう訳です。

ここだけの話ですが、テープを聞いている間に、
「アァ…、言葉の選び方で、人の深度がみえてしまうのだなぁ。」
と恥ずかしさのあまり何度もヘッドフォンをはずすなんて事も…。

そんな事をいまさら知った自分に、
まぁ…さらに恥ずかしさを覚えるのですが、
「上等な人間の作法」を一つ知る事が出来たのは大変良かったと思います。


最後に、このサイトに出会う機会を、
与えてくださったARTYOURSスタッフの皆様をはじめ、

取材をさせて頂いた美術館関係者の皆様。

サイトに賛同して頂いた芸術家の皆様。

おかげさまで公開できました。
ありがとうございます。

<第一回 終>

oasis_sk

『ARTYOURS』のウェブ担当。
現在は、制作会社のデザイン課長。

大学ではスケボーをしながら表千家茶の湯同好会に所属。さらに学芸員の資格を取得するというやりたい事はとりあえずやってみる主義。

高円寺で阿波踊りを踊る事が大きな生き甲斐になっております。