先日、ミヅマアートギャラリーにて「会田誠展:もう俺には何も期待するな」を開催した会田誠さんを取材しました。

2012年〜2013年にかけて、森美術館で開催された「会田誠展:天才でごめんなさい」には49万人も動員し、いまや日本を代表する現代美術家と評されています。

そんな会田さんですが、実際にその事についてお話をきくと、

「アートにおいて邪道である自分が人気がある事は、日本のアート界の嘆かわしい現実。芸術家を目指す若い人たちは、あくまで、会田誠を目指すべきではない」と言い切ってしまわれました。

一方で「現場は我々の最後の砦ですから、そこは譲れない」という生粋の美術家魂も持ち合わせています。

“何かを断言する事が苦手で、専門家になる事を嫌う。

常に自分が「何者」かになろうとする事を避ける。

空虚であればあるほど力を発揮できる。”

と常にオルタナティブな態度を貫く会田さん。

20年以上前から、日本の現代美術界にカンフル剤を投入し続けた氏は、

果たして、自身が言うように本当に日本のアート界における「悪役」であったのか。
そして、今でもその「毒」は氏の体内に回っているのか。

はたまた、現代美術界の「時代を切り開く素晴らしい先駆者」であったのか。

「邪道」の生き様と、そのアート論をうかがってきました。

会田誠(あいだ まこと)

絵画のみならず、写真、立体、パフォーマンス、インスタレーション、小説、漫画、都市計画を手掛けるなど表現領域は国内外多岐にわたる。

1965 新潟県生まれ
1989 東京藝術大学美術学部絵画油画専攻卒業
1991 東京藝術大学大学院美術研究科修了(油画技法・材料研究室)

「永遠の素人」でいたいんですよね

ーー会田さんは、「14歳くらいの少女」が好きだという事をさまざまなメディアで言われています。
過去の著書「カリコリせんとや生まれけむ」のなかで、現在の日本の少女達は欧米風の髪色や化粧を施す事でその良さを貶めている、というような事を書かれていましたが、会田さんが好きである14歳と、現代の14歳では大きくどういう所が変わってきてしまったんでしょうか。

会田 まぁ、14歳っていうのは、自分の見たい所だけを見て好きだって言ってるだけでして。

室町時代であろうが、昭和であろうが、現在でも、「14歳的なるもの」の本質はそんなに変わるもんじゃないです。

 「14歳」という年齢は、男女の性差が決定的に別れてくるというところなんですよ。性ホルモンがドクドクと流れ出して、女の子だったら胸が膨らんでくるような。

ーー生物学的に興味があるということでしょうか。

会田 まぁそういう事です。

ちなみに、「14歳」の話をする事と「女子高生」の話をする事は、僕の中では似て非なる問題でありまして。

「女子高生」の話をする時は、現代日本社会が何故こういう世界になったのか、それこそ太平洋戦争や高度経済成長やバブル崩壊というような「社会的」な話になるんですが…。

 一方「14歳」の話っていうのは、古代アステカ文明で、若い乙女が生け贄になっていたというような「人類史」を語るような感じになるわけですね。

実際、僕の絵は、女子高生をモチーフにした物が少ないんですよ。aida07

 過去に作った《切腹女子高生》みたいな作品は一度「ギャル」というものを作品で定着させたかっただけで、「社会的な使命として一度は描いておこう。」みたいな気持ちで描いたものだった。それを何作か展開させようと思っても出来なかったんですね。

それに比べると「14歳」をモチーフにした作品はいくつかあるんですよね。

《大山椒魚》や《滝の絵》とか。こっちは僕の中で「人類史レベルの14歳問題」というつもりでやっています。

ーーでは、今まで沢山の「14歳の少女」を描いてきたとおもうんですが、どこの部分を描く時、一番気をつけているとか。
「ムラムラ」っとするような事はあったりするんでしょうか。

会田 何か勘違いがあるかもしれないですが、「14歳」を描く時は「ムラムラ」とはしないんです。

 というより、ルールとして「ムラムラ」しない事になっているんです。

「14歳」というのは、「ムラムラ」する一歩前の寸止めの精神的快楽であって、「ムラムラ」するともう、「エロ」や「セクシャル」という大人ワールドになってしまう。

だから、どのパーツを描く時に気をつけるって言うのも、特にはないんですよね。

例えて言うなれば、カレーが好きと言う時に、コリアンダーとかクミンとかどのスパイスが一番好き?ってあまり聞かないのと同じです。

それは分離できない。

とはいえ、別に僕は14歳の専門家になりたいわけではないんです。

その道のオーソリティになるのが嫌で、そうなりそうになると引き返したくなる性分なんですね。ずっと同じ事が出来ない。

また僕は引越が多い男でもありますし、自分の地盤を固めるっていうのが苦手で、ずっとフラフラと居場所を変えたいタイプで…。

14歳とかロリコンとかを一筋で書き続けるひとはたくさんもいますよね。

「細密油絵」からpixivの「萌え絵」に至るまで。彼らに比べれば僕は淡白だと思うんです。もっと別のことにも興味があります。

ーーいろいろな作品を作りたいと思ったら、すぐにやってみるという感覚ですか?

会田 「永遠の素人」でいたいんですよね。アマチュアの方が楽しい。

飲食店に例えるなら、「トンカツ専門店」みたいなやり方はそれはそれで尊いんですけど、僕は「無国籍創作料理」とか「店主の気まぐれ料理」みたいな店を開く方が良いんですよ。

だからいつもこういうインタビューで語りながら、自分って中心がないな、空虚だな、と思うんです。専門的にやっている人は、そういう空虚に耐えられない人が多いんでしょうが、僕はそれがへっちゃらなんです。

むしろ空虚であればある程、生き生きとしてくる。そういう感覚が生まれつきあります。

「平凡愛」というのが大きくある

ーー住む場所について引越が多いという事でしたが…。

会田 僕を構成する十本柱があるとしたら、その中で「平凡愛」というのが一本あるんです。

自分が住んでいる所が凄いとか特別に魅力的とか、そういうのがむしろ嫌なんですよね。

そういう性質が僕の作品にも反映している場合もあるんですが、そういう「平凡愛」をつかって作る作品って言うのは、大抵ウケがよくない。

 以前、「今さら、北京。」っていう写真集を出してまして。

展示のため北京の郊外に一ヶ月滞在したことがあって、そこの地区のあまりにも平凡な風景に感動して、写真を撮りまくりました。

 それで、めくってもめくっても平凡な北京の風景が出てくる写真集を作ったんですが、当然のごとく売り上げは芳しくなく。
「平凡愛」でスベった代表的な仕事です。

 一方で、「美少女」というのは特別ですね。

 たとえば、クラスで20人女子がいたら、本来「平凡愛」を発揮するなら、クラスで10番目にカワイイ子を描くべきだと思うんですが、やっぱりそこは一番可愛い子を描くべきだと思う。そしてそういう作品はウケる。だけどそんな仕事だけやっていたら、やっぱり「悪」だと思うんですよね。


会田さんのサイン本と、サイン入りCD(!)をプレゼントします。

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インタビューをさせて頂いた会田さんの、
図録 「会田誠:天才でごめんなさい」。
エッセイ集「美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石で出来ていないのか。」
カバー絵を担当された岡村靖幸さんのCDにサインを入れて頂いたもの。

三点をプレゼントさせて頂きます。

会田さんは視覚芸術としての作品はもちろん、エッセイ集「美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石で出来ていないのか。」については、文筆家としても、本当に度肝を抜かれる仕事をする方だなぁ。という事を感じさせられます。

この機会に是非お申し込み下さい!
連載の第一回と第三回の最後にキーワードを発表いたします。
このキーワードが応募の鍵になりますので、メモしておいてくださいね。

第ニ回目のキーワードは「美術家にとっての」です。

→第一回はこちら

それでは、また来週お会いしましょう。

<第二回 終>

最終回はこちら>http://artyours.jp/news/1132/