最近、近所のスーパーで、お菓子を買ってほしい駄々っ子とその親のやり取りに遭遇しました。

最終的にいつまでも駄々をこねている子供に、親は痺れを切らして、

「そんな子は、置いてくからね!」

と言い放ち、サッと、こどもに背をむけて足早に歩いていってしまいました。

その冷たい背中を見て、子供の態度は一転。

「いやぁだっ!!おいて、、おいて行かないで!!!!!!」

と叫びとも泣き声とも言えない声を出しながら、親めがけて猛ダッシュ!

お菓子が欲しいときとは比べものにならないほどの「ひたむきさ」を見せたのです。

多分それは、子供にとって「お菓子が欲しい」という欲求が、「死ぬかも」という「恐怖」にかわった瞬間。
「親」という、生活と気持ちの拠り所を喪失するかもしれないという「生存本能」が働いた結果、さらにひたむきな欲求行動に出る。

その光景を目の当たりにしているときに、子供は本当に「伝えたいこと」がたくさんあるんだなぁと感じました。

「伝えたいこと」を表現すること。

これが本質的な芸術家の仕事であると、今までいろいろなアーティストにインタビューをしていて感じます。
技術に関する説明は、こちらから伺わない限りはほぼ説明されることは無く、

「何を伝えたいか」

そのことについてのお話をされることがほとんどです。
作品=作者なのです。

その作家の伝えたい中身をきちんと理解せずに、作品の見た目の「技術」ばかり注目してしまうのは何か違う気がします。

例えば、自分のことをちゃんと理解してほしい。とおもっている意中の女性に、
「○○さんの、着ているお洋服、本当にいつも目が細かくてそれでいて肌触りがよくて縫い目もしっかりしていい仕立てですよね〜」

といわれても、

「あぁ、、はい。」

となってしまうように、本当にわかってほしいのはそこではないと思います。
(服に着られている人はその限りではないかもしれませんが…。)

そういう意味では芸術家は人一倍伝えたいことがある人種であり、それを一心不乱にやっているうちに技術がついてきた。
というタイプが多い気がします。

よく「子供はみんな芸術家」というような言葉を耳にしますが、「伝えたい」という気持ちの強さでは本当にそのとおりだと思います。

ただ、中身が無いことも多いですが、純真無垢な子供の成長を、周囲の大人も理解してあげる余裕が必要かもしれませんね。

oasis_sk

『ARTYOURS』のウェブ担当。
現在は、制作会社のデザイン課長。


大学ではスケボーをしながら表千家茶の湯同好会に所属。さらに学芸員の資格を取得するというやりたい事はとりあえずやってみる主義。

暴暴茶というカンフーみたいな名前のお茶が最近お気に入りです。