「子供はかわいい。でも時々鋭い目をする。」

去る3月に足利市立美術館の特別展示室において前期「見つめる彫刻」、後期「語りかける彫刻」という二期に分けて個展を開催した彫刻家・牧田草平さん。

東京芸大を卒業してから3年間は先生として、幼稚園児や小学生に絵や工作を教える仕事をしていた時に子供達から感じた「純粋と残酷」が大きく氏の作品に影響を与えたそうです。

前期の作品ではなにも言わずにただ「じっ」とこちらを見つめる男の子をモチーフにした作品が特徴的。

大きな目をもった子供の木造が強いまなざしでこちらに訴えかける無言のメッセージは、見ている人の気持ちになにかひっかかる「トゲ」のような物を残します。

また後期の作品になってくると、作品のノミ跡はより原始的で荒々しくなっていきます。

本当に心に響く物は技術ではなくて直接心にどん!と響いてくるリアリティ。
「無作為のような作為」という物が好きなんです。

自分がもつ思いの鮮度を大事にした結果、牧田氏の中にある野生がむき出しになっているような作風に変化していきます。

彫ることは自分を写し出す鏡のような物と語る氏はその作家人生に何を刻みこんできたのか。
工房でうかがってきました。

牧田草平

1980 栃木県足利市生まれ
2004 東京藝術大学美術学部彫刻科 卒業
2006 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻 修了
2009 活動拠点を足利市に移す

主な個展
2010年 牧田草平木彫展(ギャラリー碧、足利)
牧田草平木彫展(exhibit Live&Moris gallery、銀座)
2011年 牧田草平木彫展(ギャラリー坂巻、京橋)
2012年 牧田草平木彫展「深淵」(ギャラリー碧、足利)

「純粋で残酷」な子供のまなざし

ーー作品のモチーフはどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。

牧田 東京芸大を卒業してから3年間は先生として、幼稚園児や小学生に絵や工作を教える仕事をしていたんですね。
実際の子供も、いいたい言葉をうまく表現できずに「じっ」とこちらを見つめて訴えかけるときがあるんですが、その感じを出そうと思ってつくりました。

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ーー子供の訴えかけいるような雰囲気を表現したという。


牧田 子供っていうのは、大人と比べ当然「力は弱いし、頭もよくない。」ものなんです。
意見を押さえつけようと思えば「うるさい」の一言で、できてしまうかもしれない。
そんな脆弱で知恵もない、危うい純粋さ、脆さを伴いながらの鋭さが、チクリと意識の隅っこでずっと刺さっているような感じなんです。

後は子供の「純粋さ」も表現したかった。

ーー意思のある純粋さを表現しようとした。

牧田 「純粋」って悪気がなかったり、あまり他意がない分、ものすごく残酷だったりすることもあるんですよ。
その感じも自分の中では気になる点で。

それが大人になると、そこらへんの「加減」がわかってきますから。とりあえず”まあまあ”で済ませようとする。

自分が昔から気になっていたのは、その”まあまあ”になっている事がずっと手つかずのまま放っておかれていく感じなんですよ。
その自分に嘘をついている後ろめたさを見抜かれているような、純粋で鋭い眼差しを表現したかったんです。
そう感じているのは僕だけで、子供にはまったくそんな意図はないと思いますが。

そのやらなければいけない。ということを子供の「見つめる」という行為で思い起こさせるようなモチーフができればいいなぁと。

ーーいろいろな格好の作品がいますが、このポーズはどこからくるんでしょうか。

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牧田 彫刻の展示なんかだと、作品を見てもらいやすくするために会場の真ん中に置くのが普通なんでしょうけど、僕は逆に作品は部屋の隅っこにおくような感じを想定していまして。
観覧してくださる方が逆に気づくと見られている感覚が生まれるようなものが作りたかったんです。

ーー気づくと「あっ」と一瞬気持ちが揺れるような驚きがありますしね。

曖昧さを表現するための輪郭の作り方

ーー着色するっていうのは現代の彫刻家の中では一般的なんですか。

うーん。そこは、そうとも言い切れないところもありますが、そういう方が増えてきている気がしますね。
確かにロダンの「考える人」や公園や駅にある銅像が、一般的に知られている「彫刻」だと思いますが、最近はいろいろな作家さんたちがいますからね。
僕も若干取り入れていた時期もあるんですがアニメをみて育ったようなひとは、やっぱりアニメっぽい彫刻を作ったりもするでしょうし。
それが自然なんだとおもいますね。

ーー最近は、着色しない作品も増えてきているとのことですが…。

僕の作品はさっきもいったように、置き場所で「いるようないないような」という感覚を表現していたんですが、その感じっていうのは展示の場所にものすごく左右されるような物だったんです。

どんな場所でも、曖昧に出現するような感じを出せないかとやり始めたのが、「焦がす」あるいは「燃やす」ということですかね。
そうすることで塗らずに黒く色もつきますし、木が炎によって炭化することで「無」を表現できると思ったんです。さらに「もやもや」っと出てくるというような印象も。
彫り方もかえて、最近の作品は昔と比べてごつごつさせて輪郭をはっきりさせないのが多いんです。

後、実は口の中を空洞にすることを始めたんですよ。
なにかを「言いそうな感じ」っていうのをだしたかったのと、見る人によっては覗いたときに奥が見えないのが面白いと思いまして。

だから最初の「見る」というモチーフとすこしテーマもかわってきているんですよね。

<第一回 終>