“今という時代は、中身の「私」が何をすべきかを考えなければいけない時代だと思うんです。”

現在開催中のヨコハマトリエンナーレ2014のアーティスティック・ディレクター森村泰昌さん。

自らの身体を使って世界的に有名な絵画や有名人などを表現する「セルフ・ポートレート」で日本のアートを世界に広げたパイオニアの一人です。


彼が感じているのは、人間の「価値観」の居場所。


藝術によって「本当は大事な価値観」を取り戻す事を今回のトリエンナーレのコンセプトにも置いていました。

またウェブメディアであるSNSの台頭によって大きく広がっているセルフブランディングという自己表現の方法。
自らの写真を公開するのが当たり前になっているこの時代に、大事な物は何なのか。

「自撮り」に埋め尽くされた今の時代のその先を森村さんに聞いてきました。

森村泰昌(もりむら やすまさ)

1951年大阪市生まれ。大阪市在住。京都市立芸術大学美術学部卒業、専攻科修了。
1985年、ゴッホの自画像に扮するセルフポートレイト写真を制作。以降、今日に至るまで、一貫して「自画像的作品」をテーマに作品を作り続ける。
1989年、ベニスビエンナーレ/アペルト88に選出され、以降国内外で展覧会を開催する。
主な国内での個展に、「美に至る病/女優になった私」(横浜美術館 1996年)、「空想美術館/絵画になった私」(東京都現代美術館他 1998年)、「私の中のフリーダ」(原美術館 2001年)、「なにものかへのレクイエム/戦場の頂上の芸術」(東京都写真美術館他 2010年)など。文筆の仕事も多い。今年の著作に、「美術、応答せよ」(筑摩書房)、「たいせつなわすれもの」(平凡社)、「ヴァガボンズ・スタンダート02森村泰昌」(平凡社)。
2006年、京都府文化功労賞、2007年度、芸術選奨文部科学大臣賞、2011年、第52回毎日芸術賞、日本写真協会賞、第24 回 京都美術文化賞を授賞。2011年秋、紫綬褒章を受章など。

藝術というのは人々が「忘れている」大事な世界観を描く物

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ーー 現在開催中のヨコハマトリエンナーレ2014のアーティスティック・ディレクターをつとめていらっしゃるのですが、今回のコンセプトとして掲げられた「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」というタイトルに込めた思いはどのようなものでしょうか。

森村 それは、「商品」と「作品」というのは違うという考え方からきているんですね。
そこを見誤るとなにがなんだか解らなくなるというか。

「商品」というのは人にとってニーズがあるものだと思うんですね。
それが「作品」になるとちょっと違って、見に来たお客様が「何コレ?」とか「あれ?」みたいな反応を示す。
見ている人自体が「なんでコレをみなければ行けないの?」と疑問を抱くような形です。

それはなんでそうなるかというと、人々がまだ求めていない価値観、気がついていないような事を藝術で打ち出しているからです。

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代表的な作品でいうと、「ゴッホ※1」とかね。

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今はもう来場者が大勢くるような作品になりましたが、彼が生きている時代には全く売れなかった。
その時代の人には、彼のやっている作品をみて「なんで?」となっていたんですよね。

そして現代になって彼の絵は「ニーズ」が出てきた。
要するに彼は未来のニーズに向けて「作品」を作っていたからです。

彼の作品の中には、彼が生きていた時代の人間が忘れていた大事な価値観を描かれていた。

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基本的に、藝術というのはこういう人々が「忘れている」大事な世界観を描く物だと思うんです。
そういった意味で、「忘却」というテーマを謳っているわけです。

もう一点、「華氏451の芸術」というのは、レイ・ブラッドベリという作家のSF小説のタイトルを拝借しています。
その作中で、
「世界は多様な考え方の固まりで出来ているが、その事を忘れると大変なことになる」
というような事が書かれているのですが、まさしく先ほど行っていた「本当は大事な価値観」を見失いそうな現在の世の中に向けて、今回の展示のコンセプトとして打ち出しているという形です。
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ここに出展してくださっているアーティストも、そのコンセプトをちゃんと理解してくれた上で参加してくれていますので、作品を見る事で大事な価値観を見つけてほしいです。

ーーなるほど。

森村 その一方で、「作品」というのは勝手に一人歩きしていく。それがぼくにとっては面白いというか。

ある意味、展覧会が終わった後が楽しみな作品もある訳です。

例えば、現在屋外に設置されている作品を作った「ヴィム・デルボア※3」はオーストラリアで個展を開催することになりました。

そういうのがイベントをオーガナイズしている側からみると大変うれしいんですよね。
この展覧会から「始まる」ことを見たいと思っているんですよ。

ーー作家さんが生み出した作品が、生き物のように成長して行く感じですね。

森村 ええ。そして「生み出す環境を作る」というのが展覧会の大きな意味という事になっているんだと思います。

ーーこれは、今回展示の後半にこのようにお話をきいたから出てきた様な話題かもしれませんね

森村 そうですね。展覧会を始める前にはこういう考え方は無かったですし。
でも、おっしゃる通りで後半になってくるとまた出てくる価値観はある訳で、そういうものも面白い。

役に立たない事を一生懸命やって、光り輝かせる

morimura10 ーー展覧会の構成を考える上で、アーティストの事を「たった独りで世界と格闘する重労働」と表現されていましたが…。
(※参考URL:http://www.yokohamatriennale.jp/2014/director/structure.html#index06

 

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森村 そうですね。僕は、藝術は組織ぐるみでやるべき事じゃないとは思うんですよ。

実は僕は「学校」というところが嫌いでして、「つるむ」という事があんまり好きじゃないんですよね。
viagra cialis cost いわゆるキャンパスライフという雰囲気が駄目だったんですよ(笑)
教室にみんなが集まって、一斉に物を作るというのが、芸術家にあるまじき感じだと感じていたんですよ。
そういうのは一人一人でやれば良いのではと。

僕はそんな性格ですから、会社に努めても、3日で辞めちゃいましたし、集団生活になじむ事が出来なかったんですよね。

出来る事と言えば、一人で出来る「絵を描く」事だったんですよ。

何にも無い真っ白なキャンバスに自分の世界を描くことは出来た訳です。

そんな事言ったら、昔のルネッサンスの期は工房をもってやっていたのではという声もあるとはおもうのですが、
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僕の考えとしては、一枚のキャンバスの前に一人の芸術家という図式がピッタリ来るというか、それがあるべき芸術家の基本だとおもうんですね。

周りの人からみたら、変わった人ですよ。訳の分からない作品を作っている訳ですし。

ただ、その「孤独な闘い」が自分でも気づかないうちに、「崇高」になって行くというか、雰囲気を醸し出して周りも徐々に変わってくる。

ーー先ほどおっしゃっていた「作品」に人々が気づき始めるという感じなんでしょうか。

 

森村 人が一生懸命何かを頑張っている姿って、やっぱりある種の感動を生み出すと思うんです。
sildenafil citrate indian brands それを他の人がだんだんと「ココまでやるのか。。」という考えに変わって行く事が藝術の魅力だと思いますね。

ーー言葉は悪いですが、「愚直」に同じ事をやり続けるということが大事だと。

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森村 そうかも知れませんね。価値のない事をやり続けると、別の価値を生み出すというか。
言ってみたら、元々藝術なんてものは何の役にもたたない物なんですよ。

「役に立つこと」を目的にしてしまうと藝術の本分ではないという事もあるのかもしれないんですよね。

役に立たない事を一生懸命やって、光り輝かせる。ということが面白いのかもしれません。

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<第一回 終>

ヨコハマトリエンナーレ2014

「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
詳細はこちら>http://www.yokohamatriennale.jp/

会期
8.1[金]-11.3[月・祝]
※休場日:第1・3木曜日(8/7,8/21,9/4,9/18,10/2,10/16,計6日間)

開場時間
10:00-18:00
※入場は閉場の30分前まで

主会場
横浜美術館、新港ピア(新港ふ頭展示施設)
sildenafil citrate + dapoxetine uk 詳細はこちら>http://www.yokohamatriennale.jp/2014/outline/access.html

アーティスティック・ディレクター
森村 泰昌
詳細はこちら>http://www.yokohamatriennale.jp/2014/director/index.html