“海外では日本と言えば「わび・さび・禅」だけがありがたがられるわけですよ。”


心の内にある深山幽谷の大自然に思惟思索を巡らし、悟りを開く。


という世界観は、「おとなしく我慢強い」日本人を海外の人に連想させるのにぴったりですが、

ところがどっこいそうじゃない日本人だってたくさんいるんです。


まつげを過剰に盛る女子高生や、全身ヒョウ柄の大阪のおばちゃん。

刺繍だらけの特攻服を着こなすヤンキーに、立派な彫り物の入った任侠者。


必要以上に奇声をあげて飛び跳ねているキャラクターがもてはやされ、

金のしゃちほこ付の派手な城が大事に保管されているような国でもある。


そんな日本人の「過剰」な部分。

これにだって当然目が向けられても良いはずなんです。


日本美術を、「BASARA」というコンセプトをもって検証し直すのが美術家「天明屋尚」さん。

既成の考え方を疑い、日本の美術を広く検証し、漏れている部分を掘り下げる「ネオ日本画」で、日本の美術史を修正されています。


先月から、

『「芸術の秋だ!10月は天明屋尚月間!」~天明屋の天にちなんで、10月に10種類の様々なことを一斉展開致します!~』

と銘打って、積極的に活動中。


ミヅマアートギャラリーで10月22日~11月22日まで天明屋尚「韻 Ⅱ」展も開催しています。


「武闘派」絵師の「既成の日本美術」に対する鮮烈な闘いを、とくとご覧あれ!

天明屋 尚

レコード会社でアートディレクターとして勤務後、現代美術家としての活動を開始。日本画と現代風俗を絶妙に取り入れた“ネオ日本画”を標榜し、絵筆で闘う“武闘派”を名乗る。2009年に侘び・寂び・禅の対極にあり、華美(過美)で覇格(破格)な美の系譜を“BASARA”として提唱。書籍の刊行と共にBASARA展(2010)を開催するなど国内外で精力的に活動。

大きな影響を与えたアウトロー雑誌「BURST」

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ーー「美術家」という職をえらんだきっかけは何だったんでしょうか。

天明屋 昔から、僕は「クラスで一人いる絵のうまいヤツ」というような子供でした。

 

僕の家は引っ越しがよくある家だったので、幼稚園が二回、小学校三回、中学校三回と転校が多かった。
そんな中で、転校先でみんなと始めにコミュニケーションをとる方法として、絵があった。そうすると「あ、うまいじゃん!」ってなって仲良くなれる。大人になった今も、それを続けているような感じですかね。

 

ーー美術大学には進まなかったのですか。

 

天明屋 美大受験のための予備校は行きましたが、結局、東京藝大を二回落ちてしまった為、行ってません。だから、ほぼ独学です。

 

ーー そこから、音楽業界のアートディレクターになられたんですよね。

 

天明屋 はい。やるなら好きな事を仕事にしたいと考えレコード会社に運良く受かり、そこでCDジャケットのデザインやアートディレクションをしていました。

 

ーー 美術家に転身したきっかけはなんだったのでしょうか。

天明屋 レコード会社に入る前から、「美術家になりたい」という気持ちはあったので、仕事以外でも時間があれば描いていました。

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大きなきっかけは、今は廃刊になってしまった「BURST」という刺青やアウトロー的な内容を扱う雑誌で、巻頭連載を持たせてもらったこと。

その当時、そういう文化を取り扱う雑誌が他になく、様々なクリエイターが自分の作品に注目してくれていた。そんな事もあって、雑誌とは別で自分の作品の個展を開いた時に、その展覧会にたまたま「BURST」も見てくださっている美術関係者の方がいらっしゃって、声をかけて下さったんです。

だからやっぱり「BURST」の影響がかなり大きいです。

既成の「日本画」の漏れている部分も含めた「ネオ日本画」

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額縁と木工作品を、天明屋さんとともに作成した、 彫刻師の山本陽介さん(左)。

ーー ちなみに、天明屋さんがおっしゃっている「ネオ日本画」というのはどのような意味合いでつけられたのでしょうか。

 

天明屋 いわゆる「日本画」っていうのは、岩を砕いたものを、ニカワという糊で、和紙や絹に描いた物とされています。

 

ただ僕は、そういう画材とかにはこだわらずに描いてみても、「日本画」は「日本画」であると考えていまして、いわゆる画材に頼るしかない形骸化に対するアンチテーゼなわけです。

 

さらに、日本美術の諸要素として必要な「象徴性」「遊戯性」「装飾性」などを導入したもの、それをふまえて、日本美術の古典的なエッセンスを引用し現代を描き、素材や画材にこだわらず描いたものを「ネオ日本画」と定義づけています。

ーー「日本画」といっても作風がいろいろあると思うんですが。

天明屋 はい。「日本画」というジャンルができるまでは、狩野派、土佐派、円山四条派など、様々な流派が存在していました。

それを明治以降、「洋画」の対概念として「日本画」と括ってしまったのですが、そのせいでいろいろな「ひずみ」が生まれてしまった。

例えば「浮世絵」ってあるじゃないですか。浮世絵は、一般的には「日本画」のくくりではありません。現代を生きる人たちはどちらかと言うと「日本画」よりも「浮世絵」の方がなじみやすいと思うんですね。

むしろ「浮世絵」=「日本画」だと思い込んでいる人もいるくらいかと。

僕が考える「ネオ日本画」ではその浮世絵も導入しています。そういう既成の「日本画」の漏れている部分も含め発展させたいという気持ちも込めて「ネオ日本画」を提唱し立脚点の一つと考えています。

「BASARA」というのは、「わびさび」と対極をなすもの

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ーー 天明屋さんの作品に出てくる「BASARA」というコンセプトについてお伺いしたいのですが。

天明屋 あえて一言でいうなら、「カビにしてハカク」。という感じでしょうか。

「カビ」には、過剰な美という意味もありますし、華やかな美という意味も込めている。
「ハカク」は、「破る」意味の破格でもありますし、「覇道」の覇格の意味でもある。

4年前に「BASARA」という本を出した時に、「縄文土器からデコトラまで」というサブタイトルをつけました。

縄文土器の後に弥生土器が出来ましたが、見た目は縄文土器のほうが「過剰」ですよね。

装飾的でごちゃごちゃしていて。
それに比べると、後から出てきた弥生土器のほうが簡素で実用的。

この例をみると「装飾」という部分では、最初に出てきた縄文土器のほうが先に「逸脱」していたわけです。

実は、岡本太郎が出てくるまでは、縄文土器は美術として見られていなかった。
縄文土器の中にある「美」を提唱したのが彼だった訳です。

 

その発見のおかげで、日本美術史は「縄文土器」のようなゴテゴテとした過剰な物から始まる事になりましたが、それを現代のものに置き換えると「デコトラ」になるんじゃないかと。

 

いろいろと車体に付けて過剰に飾る、いわゆる実用的な物に「過美」を施す事によって、普通のトラックから逸脱した「覇格」が宿る。

 

それが「BASARA」です。また「BASARA」というのは、「わびさび」と対極をなすものでもある。
実は、海外では日本といえば「わび・さび・禅」だけが通じてしまっていますよね。

 

本当は二項対立の関係でこの二つの日本美術の世界観は来ているはずだったのだけれど、「BASARA」的なるものは排除されがちな流れがあり、それではやっぱりおかしいと僕は感じた。

 

そこの部分を僕がちゃんと修正しなければと思い、提唱しているという事もあります。

 

ーー昔からデコトラみたいなものに興味があったんですか?

天明屋 デコトラに興味があるといいますか、もっと広い意味での「ヤンキー」的なる物に興味がありました。

「BASARA」の語源はサンスクリット語で、固い「ダイヤモンド」という意味があり、室町時代に外見を派手に飾り立て、精神面では目上の物に対して斜に構えるような大名の事を「婆娑羅大名」と呼んでいました。

その系譜として、江戸時代には「歌舞伎者」といわれる様なもの達が現れ、近代には「俠客」が出てきて、現在の「ヤンキー」につながっていくわけです。ざっくりですが、そういう意味では「ヤンキー」的なるものは「BASARA」であるという事です。

ーーでは、作品の中で、結構「ヤンキー」的な物もモチーフにした物がたくさんあるという…。

 

天明屋 結構ありますね。例えばこれは、「神風」と、暴走族のバイクをあわせたような作品だったりとか、
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©Tenmyoya Hisashi Courtesy Mizuma Art Gallery

 

こういった作品は多々あります。

ーー実際に、こういう作品って海外の人たちがみるとどのような反応がありますか。

天明屋 この作品でいえば、北京のミヅマアートギャラリー(現在は閉廊)のこけら落としで公開したときには、中国のアーティストからものすごい非難があり、

「この作品を下げないと、ギャラリーに火をつける。」

と言われた事がありました。

この絵は、「戦時中、日本によって中国を侵略された」と想起させるようなものなのかもしれません。

ーーこの作中にでてくる「日章旗」だったりとか。

天明屋 はい。自分が日本で描いているときには全くそんな事を思っていなかったものが、海外でそういう反応が起きて、始めてそこで文化の差を知らされるという事は起きてくる。

実は安易に描けないモチーフなのかもしれません。

 

一方で、今、アメリカの「JAPAN SOCIETY※1」で行われている展示で飾られているこの作品なんかは、龍安寺の石庭を傾かせたような作品なわけですが、ある雑誌のキャッチコピーに「アンチ禅」と書かれていたりして(笑。

 

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©Tenmyoya Hisashi Courtesy Mizuma Art Gallery

 

ちゃんと「BASARA」の意味合いを理解してくれたんだと感じました。
<第一回 終>
協力:Mizuma Art Gallery
天明屋の天(てん)にちなんで、10月に10種類の様々なことを一斉展開
※1 Garden of Unearthly Delights | Works by Ikeda, Tenmyouya & Teamlab