ほんの少しのつもりが、最後までやってしまった。

という経験を皆さんはしたことありますでしょうか。
僕はあります。

はまるドラマ。

はまるお菓子。

はまるゲーム。

第一話だけのつもりが、主人公の倍返しを繰り返し見るために休みを全て潰し、

一口のつもりが、袋が空になるまでひたすらに口を動かし続け、

お試しでやっているつもりが、ついつい課金してまでスマートフォンを擦り続ける。

この「はまる」仕組みを考え出した人は、人間の五感である(すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を捉える以外に、さらに、人間に「安心感」を与えるのが本当にうまいなぁと思います。

普段生きている環境のなかで、なんとなくむしゃくしゃしたり、小腹が減ったり、周りから疎外感を感じたりした時、近くに「安心できる」居場所を作ってあげる。

それに触れている時には自分の中の安心感を維持できるような気持ちになるよう設計されているわけです。

この「安心の仕組み」。最近出てきたものではなくて、大昔から人間の側にあるものだとおもうんですよね。

その出現の仕方が、キリスト教やイスラム教のような「宗教」であったり、絵画や音楽、文芸のような「芸術」であったり。

今の日本ではそれが「携帯電話」になっている気がしますが、その形は変わろうと昔から人間が「安心感」を求めていることは変わらない気がするんです。

人間が生きる上で一見無駄に見えるようなことでも、その無駄のなかに「大いなる安心感」が内包すれば、「必要」なものになっていく。

その仕組みを具体的に形にする力が、芸術やデザインでも必要になってくるのではないかなぁ。と最近考えています。

oasis_sk

『ARTYOURS』のウェブ担当。
現在は、制作会社のデザイン課長。


大学ではスケボーをしながら表千家茶の湯同好会に所属。さらに学芸員の資格を取得するというやりたい事はとりあえずやってみる主義。

お店で日本酒を注がれている瞬間が最近一番の幸せ。