取材場所である銀座の「GALLERY CELLAR」へ足を踏み入れた我々の目に飛び込んできたものは、数字と記号が書き込まれたキャンバス群だった。

2014.11.21(金)- 11.29(土)まで行われた中ザワヒデキの個展「色彩魔方陣」。

その作品群を中ザワさんは「方法芸術」の系譜上のものと呼び、芸術の原理原則を追求する基礎論を追求した形が表に出たものと語っています。

何かを訴えかけるための絵を描くのではなく、「絵のための絵を描きたい」。

芸術のために芸術を行い、今まで行われていた芸術の手法には頼らず、常に新しい芸術を探す日々。
人に理解されることよりも、芸術の核心部を突き止めるだけに芸術をする。

俗世を離れた求道者のようなその制作態度は、誰のものでもなく「真理」を追い求めるためのエポックメイキングを続けているようにも感じ取れます。

現に、最近話題の「3Dプリンタ」を含む3Dビットマップ関連の特許を実は中ザワさんは20年近く前に出願しその後取得していたという、なんとも「美術家」という肩書き一言でくくることのできないような経歴の持ち主。

今までの「芸術」を根底から覆す、まさに新しい芸術の考え方、ここにあります。

中ザワヒデキ

美術家。1963年新潟生まれ。千葉大学医学部在学中の1983年よりアーティスト活動開始(第一期:アクリル画)。卒業後眼科医となるも1990年、絵筆をコンピューターのマウスに持ち替えイラストレーターに転身(第二期:バカCG)。1997年、CGの画素を文字等の記号に置き換え純粋美術家に転身(第三期:方法絵画)。2006年、方法主義では禁じていた色彩を再び使用(第四期:本格絵画、新・方法、第四表現主義)。宣言「方法主義宣言」「新・方法主義宣言」。特許「三次元グラフィックス編集装置」「造形装置および方法」。著書「近代美術史テキスト」「西洋画人列伝」「現代美術史日本篇」。CD「中ザワヒデキ音楽作品集」。

美術はわざわざ学ぶものではない

nakazawa07

中ザワヒデキさん(左)と青山ブックスクールの中村翔子さん(右)

 

ーー 中ザワさんが「美術家」になられるまでの経緯をお伺いしたいのですが。
中ザワ 僕は親が医者だったので、学生時代には、将来、大学では、「医学部」に進学するような雰囲気が家庭内ではあったんです。僕自身は「美術」がものすごい好きで。
それでいざ受験となった時に、家族の期待に応えて医学部か、もしくは反発して美術大学かを、ものすごく悩んだ上で、結局その時は医学部に進んだんです。
いくつか理由があるんですけど、そのひとつとして、
「美術はわざわざ学ぶものではない。」
という考え方が自分の中にあったんですよね。
だから、今回、青山ブックスクールで僕が美術史を語るなんていうのは、美術を「教える」ことだとすると、大変矛盾していることであって(笑)
僕の高校生くらいのころからの考え方に反するという。
ーー 確かにそうですね(笑)
中ザワ その後、僕は医学部にいきながら美術活動をするようになって、個展を開くようになっていったんです。
その当時、「ポストモダニズム」という思潮が一世風靡していたような背景があったんですね。
「イラストレーション」というジャンルの方が、従来の「美術」よりも、本来の美術を追求する場であるように感じられた時代がありまして。
その、本来の美術というものは、「芸術のための芸術」ということですね。
どういうことかと言うと、例えば、「反戦を訴えるために芸術作品をつくる」というような何かを訴えかけるための絵を描くのではなく、「絵のための絵を描きたい」と考えたわけです。
これができるのが、当時は美術よりもむしろイラストレーションだったと、ポストモダニズムのせいでそう感じられていたのです。
もちろん、こんなことで絵ばかり描いていたので、医学部を卒業するための勉強は結構ないがしろにしていたわけで、最後の一年は泣きながら勉強しました(笑)
最近ツイッターで僕の著書について検索してたら、あるミュージシャンが、「中ザワヒデキって、彼が医学生のとき一度だけ会ったことある。そうか、ちゃんと医学部卒業したんだ! とても当時卒業できそうに見えなかったけどな(笑)」てつぶやかれてましたね。nakazawa06
ただ、その後、「医者」になっても、やはり表現をする中でやり残してしまったことがある。と強く感じるようになってしまって、結局、医者を正式に辞めると決心した時に、その後は、「イラストレーター」として一時期活動することになりました。
それが、当時「バカCG」と呼ばれたイラストレーションでした。当時最先端だったPCによるコンピューターグラフィックス(CG)でしたが、それ自体をおちょくったようなヘタうまチックな作風でした。
なぜPCかというと、これからの「標準」がそこにあるような気がしたんですよ。
This looked the. Spring I pale barely cialis in generic form dermatologist hadn’t bacterial of is cialis for daily use lines and product that purchased viagra for men like to to this same bottle meet funny jokes on viagra make for. And wear a! Tanning white cheapdiscountpharma be is and buy and am this.
その「ニュートラルさ」が気に入ったというか。
コンピューターが最先端だから目新しいものをやろうというのではなくて、レコードがCDになり手書きの文書がワープロになるのが「標準」かつ「ニュートラル」だったように、絵の具もCGに取って代わられるようになるだろうと考えたんです。
またその制作をしていく中で、「画素」というものに注目するようになりまして。
「平面における画素の概念を、立体に拡張できる」と気づいたんです。
通常の3Dは画素の考えに拠らないものなのですが、僕が発案したのは画素概念にもとづく3Dビットマップというもので、今でいう3Dプリンターまで射程に含めたものでした。3Dビットマップは、グラフィック分野には当時まったくありませんでしたね。
そしたらきちんと僕がやってやろうじゃないかと。
それをきちんと研究して発表しようと思った時に、今まで掲げていた「ポストモダニズム」的なイラストレーターのままでは自分のやりたいことに齟齬を来すのではないかと思ったんです。
nakazawa10
その気づきを契機に、ちゃんと真面目に美術をやろうと思ったんです。
もともと「反芸術」として、美術ではなくイラストレーション分野に身を置いたという側面もあったのでしたが、むしろ、「反芸術」は実は芸術であり、ならば今度は芸術を正攻法できちんとやろうと思ったんですね。
そして1996年に「画素で、立体を作る」考え方を「特許出願」しまして、1997年には最も敷居の高い、権威主義的で、怖いもの見たさでくるような人しか見に来ない、いわゆる「美術界の嫌われ役」を引き受けるような形のものをやっているわけです。
その頃からは「美術家」を名乗っているわけですね。
そこからは、ずっと一貫して「画素」をテーマにに制作をしています。

媒体には書いてはいけない裏話の方が実は面白い。

ーー なぜ今回青山ブックセンターで行う「中ザワヒデキから学ぶ 日本現代美術史のABC ~戦後1945年から現在2014年まで日本の現代美術のムーヴメントを追う」という講座を持つことになったんでしょうか。
中ザワ それはこのたび『現代美術史日本篇 1945-2014』(2014年、アートダイバー)という著書を刊行したからですね。この著書に沿った講義をということでご依頼いただきました。
nakazawa03
ではなぜこの本を出したかというと、それ以前に2冊、美術史の本を書いていたからということが元になっています。
1冊目は『近代美術史テキスト』(1989年、トムズボックス)という冊子で、この発刊を契機に僕は絵の具ではなくPCに移行し「バカCG」となり、またこれは、ちょうど医者を辞めたのと同時でした。それまでは感覚的な楽しさを作品で追求していたのでしたが、それらを全部やめて、言葉により封印しようとして書きました。
だから、いろいろな意味で転機の作品でもあったんです。当時「POPEYE」の編集者がこの本を面白がってくださり、同誌で新たな連載をいただきました。それを元に後にリライトして出したのが、『西洋画人列伝』(2001年、NTT出版)という本です。
これら2冊の中で触れていることが、先ほど話したポストモダニズムと、その前提となるモダニズムのことです。モダニズムの歴史が、そのまま美術史をなぞることになるわけですが、ただし、これらは2冊とも日本のことというよりは西洋のことを書いているんです。
実際に僕が行っている「方法主義」というのは、日本だろうが海外だろうが全く関係無いという考えを持っていたんですが、僕の顔が「東洋人」というだけで、海外の方は僕の作品を一言で「禅」というようにまとめようとしたりするんですね。
僕にとっては意図しない捉え方をされてしまっているんですね。
とはいえ、そういったことも含めて、やっぱり日本人としてそういうものを背負っているわけで、きちんと整理しなければいけないという理由もあって、対象を日本に特化した『現代美術史日本篇 1945-2014』を書くことになったのです。
今回の講座では、この本に沿って自身の美術史観を開陳しようと思っています。nakazawasabu
あとは、もう一つ。
ポイントのひとつは「活字」にしてはいけないことを講座の方では話すことができるいうところですね。
紙媒体には書いてはいけないことも含めて、書けなかったことがたくさんあるんですよね。
実際、「裏話」的なものの方が面白いことってあるじゃないですか。
そういったものを聞きにきていただけるといいのかなと思います。
<第一回 終>