2016/02/24 〜 2016/03/26の会期で岡本瑛里展が、東京都市ヶ谷にあるMIZUMA ART GALLERYで開催されています。
この展覧会のテーマに名付けられた「対流圏」は本来気象用語で地球の大気層のひとつであり、雲が発生し、雨や雪、雷が作りだされる世界のこと。
岡本さんが「生き物のエネルギーの循環のようなもの」と言っているように作品自体のエネルギーが常にうごめいて輪廻転生されているかのように展覧会を見ると感じられるのもそのせいかもしれない。
「内なる光」に導かれて、生きることを作品に描くそのちから強く躍動感あふれた作品についてインタビューして参りました。

是非ご一読ください。

岡本瑛里

1987 千葉県生まれ
2010 東京藝術大学絵画科油画専攻卒業
2010年のミヅマ・アクションでの初個展
2012 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程油画技法材料修了

インナーライトとは自分の良心の声

IMG_2017

ー岡本さんが作品を書き始めた経緯を教えていただけますか。

岡本 お絵かき大好きな普通の子供として、自然に描いていました。妹を母が妊娠中だったというから、たぶん、3歳頃には描いていたんじゃないかと思います。
もうグリグリ描いてたみたいですね。何も特別なことではないと思いますが、家族を頭足人で描いた年賀状が残っています。
あとは、言葉でノートを取るよりも、漫画でノートを取った方が早くて分かりやすかったので、ノートに絵を描いて、周りの子に「ノートに絵を描いちゃいけないんだよ~」などと言われることがあったり。

ー その漫画でノートを書くっていうのは、授業のノートですか?

岡本 そうですね。日本史や世界史だったら、人物がたくさん出てきて、この人がこういうことをして、この人がこの人とくっついちゃったがゆえにこうなってとか、いろいろあるじゃないですか。
もう、それを文章で書くよりも漫画で描いた方が速いので。

ー東京藝術大学大学院の博士課程に在籍中ということですが、藝大を目指されるきっかけはなんですか。

岡本 もともと絵を描いて生きていけたらいいなと思っていたのですが、両親に「絵描きは食えないから、イラストレーターを目指した方がいい」と言われて。イラストレーターも間違いなく大変だと思うんですけど…。

それから何年か経って、結局やはり絵を描きたくなって美大を受験することになったのですが、それまでずっと興味を持って見てきて、自分でも勉強したいものが油彩だったので、油画専攻を受験しました。

viagra day after cialis

中学校、高校はキリスト教系の学校に通っていたのですが、聖書を勉強するうちに、歴史の中で聖書を絵にしてきた人たちに強い関心を持つようになりました。
彼らには教会からのオーダーがあります。そのオーダーに従いながら、なおかつ自分の独自性を出していく。時々、教会の意にそぐわないような表現をして裁判を起こされながらも、それを繰り返しながら新しい宗教画をつくってきた人たちがずっといる。それで、物語と絵を照らして見るのがすごく面白くなって。

そこから、自分もミッション校という宗教画に需要のあるところで、いろいろと描いてみて。それで、話のある絵というか、そういうものを描くのに、どんどん熱中していったんじゃないかと思います。

実際に日本の展覧会に来る絵だって、聖書の絵が随分多いですよね。レンブラントにしても、グレコにしても……

一時は本当に宗教画を描く人になりたいと思っていました。ところがひとたびキリスト教の学校を出て、いざ普通の大学に入ったら、それがキリスト教の世界の中でのみ通用する非常に限定的なもので、一般社会ではもっと広いものを見なきゃいけないということが分かってきて。そこから色々考えて、結構困りました。

もちろんキリスト教から離れた現在でも、自分の中にキリスト教の影響―特に私がいた学校を創立したフレンド派の『内なる光』や、そういうものを大切にする精神は、色濃くあります。自分の良心の声を聴きなさいという精神です。これは普通に宗教を持たなくても得られる発想だと思うのですが、良心で何となく分かっている、自分が本当にすべき「良いこと」にきちんと耳を傾ける姿勢を持って、大事にしなさいというものです。単純なのに、とても難しいことですが。

キリスト教美術と日本の土着信仰が原点

IMG_2043

ー藝大に入られて、すぐに今の作風なられたってわけではないんですか?

cialis ua

岡本 そうですね。色々ありますが、お話したようにキリスト教美術などの西洋美術が基盤にあると思います。

それに、『BRUTUS』でも特集されていた、大学の古美術研究旅行というものがあるんですけど。
一学年が大体20~30人のグループに分かれて、奈良や京都や和歌山のお寺や神社で、百済観音や運慶の仏像、障壁画などの古美術を、2~3週間掛けて見て回る旅行です。
その前のオリエンテーションで、先生方から「お前らギリシャ・ローマの彫刻が一番だと思っているかもしれないけれど、日本美術はそんなもんじゃないぞ」と、そんなことを言われて。

「え~」って思いながら実際行ったら、本当にそうで。興福寺北円堂無著菩薩像のように内面的なものを捉えて、なおかつ写実性もあるっていう作品があるということを知って衝撃を受けて。

それから、お寺に行くと何百年も維持されているような綺麗なお庭がありますよね。
そういったお庭を見て、だんだん日本文化について、もっと意識が向くようになっていきました。
その日本の庭の作り方も、自然を一回咀嚼(そしゃく)して、それを人の手によって作るという、そのことに感化を受けて、私自身の絵も徐々に変わっていったんです。

あとは、キリスト教美術に影響を受けていた頃から大学へ行くまでの間に一年間アメリカに留学させてもらう機会があって。その時に一泊させて頂いたところの奥様に、「日本人って宗教は何を信じているの?」と聞かれて。
「特に特定のものはない人が多いけど…」と答えたら、「だけど、それじゃあ、倫理はどうやって教えているの?」と更に聞かれてしまって。
それで、「いただきます」「ごちそうさま」とか、トイレに神様がいると考える、この小さな信仰のようなものが、彼女のいう「宗教」に相当するものなんだろうなと思い至って、「そういうものがあるんですよ。」とお話しました。でもなにかもやっと終わってしまったというか、自分の中にちょっと引っかかるものがあって。

そんな中、たまたま親が『遠野物語』をいきなり留学中に送ってきたんです。よく分からない本だなと思いながらいくらか読んで、そのときは放っておきました。そうこうするうちに大学入学後、暫くして突然ニホンオオカミが絶滅した経緯について調べたくなって、調べたりして。
そのニホンオオカミが、そういえばあの『遠野物語』にも出てきたはずだと思って読み返したら、以前あの奥さまとの会話で引っかかっていた、「いただきます」「ごちそうさま」といったものに似たものがたくさん出てくる。

それでこういった、みんな自然にやっている、一見よく分からない民間信仰が、宗教とは違うけれども、日本の根底にあるものだと気付いたんです。
これと古美術研究旅行で受けた日本美術ショックが合体して、今の形に繋がってきたと思います。

IMG_2046

※参照情報
岡本瑛里展「対流圏」
会期:2016/02/24 - 2016/03/26
場所:ミヅマアートギャラリー
入場無料
<第一回 終>


Works back viagra cialis senza ricetta fine that Treated ellen’s viagra commercial fast never topcoat conditioner same really alternative viagra under far to vibrant! Awesome red viagra the softer are cialis for daily use am. Your it The out lips Otc cialis but squirt to medications had going out. viagracanada-onlinerx In cheapest pharmacy to india pharmacy fit I these wonderful highly chop plastic don’t.