オトナの美術館デートのあり方とはいったいなんだ。

以前、「独身OLのすべて」
http://www.moae.jp/comic/dokushinol/11

というウェブ漫画の中で、若いカップルが美術館の中でいちゃついているのを、ちょっと意地悪に表現しているのを見て「ナルホド...」と思わずうなってしまいました。

以前インタビューさせて頂いた山口晃さんが 美術館に行く事を、


”ご飯を食べたり、女の人に「ドキュッ」となるのに比べると、相当、不自然な態度であり、それをわざわざやるって言うのは、絵に限らず芸術が一歩ふみこんだ—あるいは余計な物なんだよと思われる由縁なんだとおもいます。”


と表現していました。


また、


”そういうものが「ちょっと上等らしいよ」って言うのは今の世だと結構ゆるせない人が多いんですね。やっぱり真っ平らに慣らされていて「なんだよ、気取りやがって。」とか思う人が多いみたいなんですよ。”


と加えておっしゃっていました。



そして現在、この「上等」という感覚をさまざまな所で、

「オトナ」

と表現する事が多いようです。

頭文字に「オトナ」をつけることで、「ふりかけ」ですら高級品に変身する魔法の言葉。

またご多分に漏れず、美術館に男女で行く事を
「オトナの上質なデート定番スポット〜美術館編〜」
などと雑誌で紹介をしている。


それをみた世の男女は「オトナは上質…」という雑誌のコピーに乗せられて、
「美術館デートってなんか良いよね。ふふ。」というオトナの押し付け合戦が始まる。

そして、美術館にデートに行ったは良いけれども、興味の方向は「作品」には無く、ここぞとばかりに調べてきた知識を相手に伝えるいわば、「オトナ評論家」に成り下がってしまっている。

伝えられた相手も、やはり興味のベクトルは「オトナの証明」ですから、「オトナ共感者」として場当たり的な相づちを繰り返す。

といった感じでしょうか。(もちろんその限りでは無いと思いますが。)

本来、美術館は、もっと純粋無垢な気持ちで行ってもいいものだと思うのです。

前情報は最小限にして、ただ好奇心だけをもって観に行く。

「なんか面白い物があるらしいから観に行こう!実は全然知らないし!」
という感じで、お互いに絵から受ける感覚を分かち合う。

それが、世間で紹介されているから、「良い」ものではなく、
純粋に「あぁ、こういう世界もあるんだなぁ。」
くらいの気持ちの軽さで楽しむ。

そうする事で、今までさんざん評価されてきた表現から抜け出し、自分だけの見方を見つける事が出来る。
ひいてはお互いの考え方の新しい発見につながるのです。


美術館に来たカップルが観ているのは、
果たして「画」か「下心」か。
展示されている作品が一番それを目の当たりにしてわかっているのかも...。

ただ、デートはあくまで、お互いの問題ですから。結局二人が楽しければ大成功!
それでいいのかもしれません。

oasis_sk

『ARTYOURS』のウェブ担当。
現在は、制作会社のデザイン課長。


大学ではスケボーをしながら表千家茶の湯同好会に所属。さらに学芸員の資格を取得するというやりたい事はとりあえずやってみる主義。

年始に遊びにいったカミさんの家で良いムコを演じきってほっとしています。

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